2012年4月3日火曜日

「せっかくだから小旅行」みすゞ潮騒・仙崎編

3月27日

前日から実家に泊まり、この日は朝7時に起床。テレビもないし、パソコンも使えないので夜は早くに更け、従って朝も早いのだった。

昨日は天気は良くても風がやや冷たかったが、気温も上昇し、絶好の小旅行日和、今回の「せっかくだから小旅行」(新幹線で二人で下関に帰省すると往復旅費だけで8万円かかるんですね。なので「せっかくだから」どこかへ行こうというわけ)のメインイベント、金子みすゞの生地、仙崎へ向かった。



仙崎は下関駅からローカル山陰線でコトコト揺られて約2時間10分のロケーション。昨年9月の「せっかくだから、ザ・ローカルの旅」山陰ルート編で角島に行った際、山陰線と響灘の美しさに魅了されて、次はここに来ようと決めていたのだ。


午前10時過ぎ、下関駅から、車窓の景色抜群、ところどころの「ビューポイント」で一時停車してくれるという2両編成「みすゞ潮騒号」に乗車。

「みすゞ潮騒号」車内はこんな感じ。大きな窓とすべて海側に設置された椅子がポイント。


乗客は眼前の景色を正面から堪能できるというわけ。

持ち込んだ弁当は「みすゞ潮騒弁当」。

車窓に広がる響灘のナイス・ビューと弁当の図。そりゃもう美味いのが当然のコンビネーション。しかもビール付、言うことなし。

ビューポイントで景色に見入るオクさん。

小さな三角窓もある。思うに、カップルがですね、顔を寄せ合って「ほら、綺麗だねえ」とか言いながら、一緒に外の景色を見るために作られたのではと。僕らのような熟年カップルはそんなことしないけど。

お昼過ぎに仙崎駅到着。瓦屋根の駅舎は素朴でいい感じ。駅前は人影もあまりなく、長閑な感じであった。

仙崎は長門市から指先状に突き出た半島の町。震災直後、「こだまでしょうか」で誰もが知ることになった童謡詩人・金子みすゞの生地で20才まで当地で過ごした。同じ山口県出身の中原中也も金子みすゞと同時代に生き、夭折の詩人ということで共通性がある。

 駅前から「みすゞ通り」へ向かう。前日の門司港の「レトロ」はやや観光企画めいたところがあったが、ここはなんというか「自然体のレトロ」。昼下がりということもあって、午睡をまどろんでいるような町のたたずまい。

 
眠るような町通りにひっそりとたたずむ閉店休業中、もしくは時代がかった商店、家屋。

 
 「自然体レトロ」の町にふさわしい水原弘のホーロー看板。

 
町ぐるみで金子みすゞをバックアップするため、家々の表札脇にはそれぞれの住人の方々自作(後述の蒲鉾屋のおばさん弁)みすゞさんの詩が書かれたプレートが掛けられてあった。

 通りの中程にある、これが書店であったみすゞの生家を復元した「金子みすゞ記念館」。

 置いてある本や雑誌は当時の装丁を模した見本本。片田舎の漁師町の本屋というのは、当時の地元の人たちのさぞや知識欲を刺激しただろう。ネットで簡単に情報が手に入る現代と比べていいのか悪いのか。

 みすゞは店先にこうして座り(座っているのはオクさんですけど)、暇なときは新刊の本でも読みながら接客をしていたのだろう。僕もそんなふうに本屋のオヤジとなって一日を過ごしたいものだ。

二階にあるみすゞの執筆場所を復元したコーナー。僕もこんなところで「『ばか』っていうと 『なんだこのやろう』っていう」とか書きたかったな。

みすゞが「角の乾物屋の塩俵、 日ざしがかっきりもう斜」と詩に書いたその「角の乾物屋」跡地。乾物屋というのも絶滅危惧商店だろうが、たばこ屋というのもそのうちなくなるかも。

 通りを少し入ったお寺にあるみすゞの墓。みすゞは結婚相手とうまくいかず、27才で睡眠薬自殺をしてしまう。童謡雑誌への投稿詩で多少認められたが、童謡詩人として全国的な知名度を得るのは、平成12年頃。朝日の天声人語で「みんなちがって、みんないい」の『わたしと小鳥とすずと』が紹介されてから(だと思う)。で、昨年、3.11で大ブレークしたことは衆知。

実は僕もこの頃に、天声人語でほとんど初めて金子みすゞの詩を知った。で、気に入って、当時講師をしていたガッコウの授業で取り上げたりした。「みんなちがって、みんないい」は今や障害児教育における標語のようになっている。

後述の蒲鉾屋のおばさんも、仙崎を金子みすゞの生地として売り出そうとしたのはこの頃だったと言っていた。

みすゞ通りを抜けると海に突き当たる。

仙崎港から青海島にかかる橋の途中でさらに高台に上っていくと、みすゞの詩にも書かれた王子山がある。えっちらと上ってみた。

 「木の間に光る銀の海、わたしの町はそのなかに、竜宮みたいに浮かんでる」と詩に詠まれた、王子山から見下ろした仙崎の町。つい津波が来たらひとたまりもないなあ、と思ってしまうが、日本海響灘では大きな津波が起こる可能性は低い。

仙崎港から見た響灘。ホントにきれいで穏やかな海なんだ。

港町、細い路地の町、とくれば猫の町。いるわ、いるわ、そこかしこに猫、猫。猫ウォッチングにも最適な町です。

通りの蒲鉾屋(仙崎の名産は蒲鉾)で、焼きたてちくわと魚肉コロッケを食べた。愛想のいいお店のおばさんと語ることしばし、前述の情報を得た。で、このお店、去年だか、「ぴったんこカンカン」で安住アナウンサーと米倉涼子がロケに来て、焼きたて竹輪を食べたお店だった。僕もその番組を見ていたのだった。

竹輪も美味かったが、揚げたての魚肉コロッケは最高だった。今回の帰省中、僕にとってはベストな食べ物でした。それこそ天然トラフグ刺しよりもね。僕は安上がりなんだ。


 「日ざしがかっきりもう斜」の通りを仙崎駅へ戻る。


山陰線帰路、去年9月に訪れた「ザ・ローカル駅」こっといの駅を通過。

 僕の祖母のふるさと小串あたりの夕景。

 車内で思い付き、響灘の夕日をじっくり見たいという一心で海水浴場がある「綾羅木」で途中下車。ここを訪れたのは子どもの時、家族で来て以来、当時は松林を抜けて白い砂浜の夢のように綺麗な海水浴場だった。

が、しかし、海岸は駅から思いの外遠く(1キロくらい)、急ぎ足で歩いたがタッチの差で海に沈む夕日は見ることができなかった。

実は、綾羅木で途中下車しようとした理由は他にもあって、綾羅木在住のマイミク・ヤギーニさんに会えるかも、と思ったから。ヤギーニさんは綾羅木でカフェをやっていらっしゃると。ただ、情報はそれだけ、カフェの名前も知らなかった。

で、綾羅木海岸を目指して歩いていたら、なんと海に向かって佇むそれらしきオシャレなカフェを発見。もうここしかない、よく見つけられたもんだ、と思っていたら、ドアからヤギーニさん登場。ミクシーでのやりとりから想像していた通りのお方でありました。僕は顔やらウェブで晒しているのですぐにおわかりになったようで。ヤギーニさん、突然の訪問、失礼しました。(ウェブからの借り物の画像は、こういう光景を見たかったという、夕日が沈む海に向かって建つヤギーニさんのお店「Beat Cafe」)


かくして、昨年来念願だった仙崎への旅を終え、実家に帰宅。夕食は近所のスーパーで買ってきた、「彦島豆腐」(これがうまい)、ひらその刺身(これもうまい、ふるさとの味)等でビール。テレビもないので11時くらいには就寝。この日、踏破1万6千歩。

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